前住職 西域哲夫
~「生きる意味」「生きる目的」~
印刷用のPDFをダウンロード(2.4MB)十八世紀末からヨーロッパで起った産業革命。
それに伴う、科学技術の進歩は人類の生活を一変させました。そして、わずか二〇〇年程の短期間に地球環境をも変えるような大変化さえもたらしました。その速度には目をみはるばかりです。それによってもたらされた文明の利器ともいえる様々な発明品は人々の暮らしを便利にしました。
〝科学の進歩こそが理想社会の実現である”人々はそれを信じて疑いませんでした。
身近なところでは、エアコンなどの空調技術の進歩によって猛暑の中でも私たちは快適に過ごすことができます。また、輸送の科学技術。飛行機や新幹線の登場は人々の移動の概念に革命を起こしました。日本国内ならば一日あれば大抵の場所には辿り着けます。特に新幹線の技術は、日本人の英知とその努力の結晶ともいえるものでしょう。
科学の進歩、その研究はとどまるところを知りません。
電子顕微鏡の進歩によって、私たちの視線はミクロの世界へ向けられ、一方、無限に広がる宇宙のことも、探査技術や宇宙工学の進歩によって年を追うごとに色々なことが解明されています。
そして、人々は原子力という科学技術にも辿り着きました。
〝科学の進歩こそが理想社会の実現である”人類には、当然の成り行きであったといえるでしょう。
また、発明品の多くは経済活動と連動して生まれてきました。その経済活動を行う企業家は、自らの利益の追求を最優先として効率のみを追求した企業経営をしてきました。政治家も彼らと密接に連携をしてきました。経済力、ひいては国力を高めるためにと電力確保のため原子力発電所がたくさん作られました。まさに、経済至上主義社会、人間至上主義社会。
そんな国に我々は暮しているのです。
平成二十三年二月。仏教国ブータン王国の王女が西本願寺を訪問されました。
さらに同年の秋にはワンチュク国王と王妃さまが来日。日本中に「ブータン旋風」を起こして帰国されました。
ブータン王国では、国民総生産(GNP)よりも、国民の精神的充足を測る、国民総幸福度(GNH)の向上を政策理念に掲げているそうです。日本のように経済の数値で国の豊かさを計るのではないというのです。
経済でなく、心の豊かさを価値基準に据えているのです。
そうしたブータン王室の方々の凛とした清々しいお姿に触れ、私はある女性の言葉を思い起こしました。
チベット人で、日本の男性と結婚して日本に暮すバイマーヤンジンさんの言葉です。彼女は、声楽家として舞台に立ちながら、日本全国の学校で故郷チベットのお話をしてまわられています。
日本人と結婚された彼女は、当初「天国にお嫁に来た」と思ったそうです。様々なものに囲まれた日本の便利で豊かな暮らしは彼女の目にそう映ったそうです。しかし、彼女が実際に目にした日本の子供たちの姿に、彼女はたいへん大きな違和感を覚えたそうです。
〝日本の子供たちは色々な物に囲まれて恵まれているのに、その価値がわかっていない”そして〝これほど不幸なことはない”と。
その事をとても残念に感じたと言うのです。また、こうも感じたそうです。
〝日本の子供たちは綺麗な衣服を着てはいるけれど、濁った眼をしている”〝チベットの子供たちの衣服はみすぼらしいが、その眼は輝いている”私は彼女の言葉に大きな衝撃を受けました。
しかし、残念ですがこれが現在の日本の縮図なのではないでしょうか。
これは子供たちだけの話ではないと感じました。大人たち、ひいては日本全体の問題だと感じました。物質の豊かな日本に暮す人々の「幸福度」がたいへん低いということです。
バイマーヤンジンさんが初めてご主人の家を訪れた時、彼女を歓待して、姑さんが食事の時に貝のお吸い物をつくってくださったそうです。彼女は熱湯の中に入れられ、次々と口を開く貝を見て驚いたでそうです。彼女は、貝が生きものだと思わなかったそうです。
〝なんと残酷な殺生をするのだろう”このようなことを平気でする人たちと一緒に生活できるだろうか。彼女は真剣に思い悩んだそうです。貝や魚を食べることは、日本人には当たり前の日常です。熱湯に入れられる貝を見て、同じように「残酷」と感じる日本人は少数派だと思います。私も貝や魚を食べています。
しかし、言われてみれば確かに生きたままの貝を沸き立つ湯の中に投じて殺し、食することは「残酷」です。
〝生きものの命を奪って(殺生して)、生かされている”大切な何かを無意識のうちに見過ごしていることです。
そのことに余りにも馴れすぎて、むしろ当然のことのように思っているのです。
人間は雑食性の生きものですから、魚貝獣肉などの動物性の食物、野菜や穀物のような植物性の食物など、様々な生きものを食しないと自らを生かしたり、子孫を残すことができません。
だからこそ、日々の食物をいただくことを謙虚に感謝することを忘れてはならないのです。
バイマーヤンジンさんの感じた違和感は、大切なことを私たちに気付かせてくれているのではないでしょうか。
彼女の言葉に耳を傾けた上で、目の前の食卓に並んだ「命」を思えば、「いただきます」と感謝せずにはいられません。現代の日本では合掌して「いただきます」「ごちそうさま」という当然の行為すらも忘れられているように感じます。
最近、公教育の現場では合掌を否定されることがあると聞きます。
現代のすぐれた宗教哲学者である石田慶和先生はその著書『涅槃経に聞く』(教育新潮社)の中の次の文章で現代社会に猛省をうながしておられます。
今日公立学校の教育はもとより、新聞・ラジオ・テレビ等あらゆる領域での社会教育は、徹底して世俗的です。
宗教的情操とか宗教的雰囲気ということが申しわけ程度に言われますが、本格的に取り上げられたり考えられたりすることは殆どありません。宗教関係の私立学校でさえ、宗教教育は遠慮がちに行われています。
このような公教育の場での世俗化は、青年たちから宗教への関心を失わせてしまったようです。それは制度としての宗教についてばかりでなく、人間の生き方につながる宗教性というものへの関心をも失わせてしまったのです。
こうした宗教への関心の喪失が、青年たちの心に強い不安感をひきおこしているとするならば、私たちはあらためてよく考えてみなければなりません。不安感の底にあるのは虚無感です。人生に意味も目的も見いだせぬ空虚な気持ちの中で、毎日刹那的に生きているとしたら、それははたして人生と言えるでしょうか。
人生の生と死の問題をまじめに考えることは必ず宗教の問題につながり、人類はすでにその領域においてすぐれた智慧をひらいているのであり、現代の人間も多くのものをそこで学びとれることを、私たちはもう一度確認しなければなりません。
私たちは真の宗教の説くところに真剣に心の耳を傾けなければならないと思います。
〝殺生は罪である”と教えられても、決してやめられない私たちです。
しかし、その罪を罪とも自覚せず、悪を悪とも思わなくなってしまっている。この現実こそ問題です。
平成二十三年三月十一日午後発生した、東日本大震災はマグニチュード=M9・0を記録。広い範囲に大津波が押し寄せ、甚大な被害をもたらしました。被災地から遠く離れたこの奈良の地にも、発生直後には足もとが揺らぎました。大阪や近畿圏にも様々な被害が起こりました。
まさに未曾有の大地震でした。
津波は東京電力・福島原子力発電所の防波堤を、簡単にのり越えて重要な設備を破壊しました。その結果、多くの放射性物質が空中、水中、などの外部に放出。広い範囲にわたって、様々な人間の営みを汚染してしまいました。さらに、原発内では発電の設備を安全に停止できずに、震災から二年以上経った今でも懸命の作業を続けています。
周辺の土地で栽培される野菜などの農作物、水産物、牛などの家畜、保管されていた飼料なども放射能で汚染されました。農業者や漁業者の多数の人々が大変な損失と苦痛を受けました。また、原発の近隣では退去命令が出て、多くがふるさとを離れざるを得ない状況へと追い込まれました。
大天災である地震と津波。それに加えて、人災ともいえる原発の事故。
被災地では、今も二重、三重の苦しみが人々にのしかかります。
「人間に〈絶対〉はない。人間は〈消し方を知らない火〉をつけてしまった」
原子力学者の高木仁三郎先生の言葉です。
また、ノーベル化学賞を受賞された福井謙一先生は「やがて科学が裁かれる事態が訪れるだろう」こう発言されています。
科学技術研究の最先端で、その進歩に人生をかけてひたすら貢献している諸先生でさえもこのように述べられています。確かに今、その「科学が裁かれるとき」が来ていると感じる部分が多くあります。
科学というのは諸刃(両方の刃)の剣と云われます。
使いようでどんな害を引き起こすかわからないという意味です。この大震災で私たちは、そのことを嫌というほどに思い知らされました。
人智が開発したさまざまな恩恵を受けながらも、今回そこに限界があることを私たちは知ってしまったのです。
私たちは、科学の進歩を進めて経済至上主義の世を築きあげてきました。その価値感が今、まさに大きく揺らいでいます。私は前述のバイマーヤンジンさんの以下の言葉を忘れる事ができません。
〝自然に恵まれている私たちは、自然と共に謙虚に生きるべきです”この言葉は、科学の進歩や経済発展を最優先に何の疑いも持たずに生きてきた私たち現代の日本人に猛省をうながされたのだと感じました。
『自分の内なる心』つまり「生きる意味」「生きる目的」に、私たちはあまりにも無関心だったのではないでしょうか。
自然と共生しつつゆったりと謙虚に生きながら「自身の生きることの意味」に心の目を向けること。
それを心に尋ねることこそが本当に大切だと伝えてくれているのです。
東日本大震災では、死者、行方不明が二万人を越えるといわれています。
東北の海岸には次々と大津波が押し寄せました。あっという間にあらゆる物をのみ込んで、すべてを流し去りました。救助に走りまわっていた警察官や消防士の方々も多数、犠牲となられました。
現場に居合わせた報道カメラマンの体験談が次のように語られています。
「家族の名を呼ぶ声、助けを呼ぶ声、泣いている人、叫ぶ人。助けたくても助けられない現実がそこにはあった。人間の無力さをこれほど根底から思い知らされたことはなかった。無力感を感じた後、不気味な静けさの中にある自分があった」
それは、かつて鴨長明が『方丈記』に記した世界が現実となったようです。
まさに「この世の地獄」といえる光景だったのです。
原発事故による放射能汚染も事態をより複雑なものとしています。
政府が避難指示を出している原発二十キロ圏内には、震災で亡くなられた方のご遺体が約千体あるとされています。しかし、放射線を浴びて被曝しているため、遺体の収容には二次被曝の危険が生じています。
火葬では煙として放射性物質が拡散。土葬でも土中に汚染が拡がるのです。
遺体の捜索や収容活動にあたる屈強で使命感に満ちた若い自衛隊員の方々でさえ、変わりはてた老若男女、子供たちの多くのご遺体に接して心が滅入っていると報道されています。
そんな東日本大震災を目の当たりにした私たちはこれからどのように生きていけばよいのでしょうか。多くの方々が大切な人を失い、長年にわたり築いてきた財産や日常の暮らしを失ってしまいました。私たちはその悲しみや不安の真っ只中に立ち尽していると言えるのかも知れません。
昭和の時代にご活躍された法兄のお一人に川畑愛義先生がおられます。先生は、国際的な科学者であり、生涯、聖人の教えに導かれた念仏者でした。
先生がお書きになった『九条武子夫人の信仰~絶望をふみ越えて~』(百華苑)という文章があります。
それは、大正という時代に教育や社会活動を推し進め、大きな足跡を遺された方でありみ教えと歌に生きられた麗人・九条武子夫人について書かれています。
大正十二年(一九二三)の関東大震災は、夫人にとってもまさに驚天動地の一大事変であった。家屋の全焼四十四万、被災者三百四十万、死者九万、東京一円は一瞬にして焦土と化してしまった。
夫人自身も家を焼かれ、調度や衣類、それに家具まで失い、ほとんど着の身着のままとなった。
大地さけ火災うづまき湧きのぼる
初秋九月のついたちの夜
人もわれも、あびきょうかんの地獄界
ただにたとえとおもひてありき
この短歌を読むだけで彼女がどんなに深刻なショックを受けたかがうかがえよう。
ここにおいて心底から諸行無常、万象流転、一切是空の境涯に達したともいえようか。この根本諦念を歎異抄の中には、「万のことみなもてそらごと、たわごと、真実あることなきに念仏のみぞまことにておわします」と断言している。
仏の大悲によって与えられた念仏の目を通してみるとき、すべてが真実で仏の世界には根っから不実はあり得ないからだ、ということであろう。
このように夫人にとって今まで考えてもみなかった大震災によってすべてが空に帰し、何ものにも頼ることの出来ない孤独の身に陥り、全霊を捧げて仏の前にひれ伏した時、そこにかねてから大いなる救いのみ手が用意されていたということであろうか。こうしてこの震災は、驚くべき破壊力を示した悲惨な災害であったが、この時今更の如く、仏陀の大いなる恩徳に気づいた夫人にとって、これはまた天啓を受ける天災、天佑でもあったともいえよう。
しかもここに与えられた真実は。この世の単なる信念ではない。死を通しても、死後の世界においても、変わることなく消えることのない不滅の真理であるとの啓示をうけ、彼女は確信する。
思うに、万人はやがて死ぬべき運命にある。それには一つの例外もない。しかしここに、死に臨んで不滅の生命を信じて悠遠の彼岸へ渡っていくことができるならば、それこそ地上最大の歓喜であるにちがいない。その旅程は仮にパラダイス・コースとも呼べるであろうか。仏典はこれを「大悲の願船に乗ずる」とも、「往生安楽国」ともいっている。実際、それまでには考えてもみなかった悲運、逆境がはからずも順縁あるいは御縁として絶対他力の救済にあずかることになるわけです。
いだかれてありとも知らずおろかにも
われ反抗す大いなるみ手に
夫人のたどり来た足あとを顧みて私たちもまた、現在の悲運を短絡的いちずに歎きかこつこともないし、それかといって一時の幸運に浮かれて自らの本心を失ってもならないと考える。
人生は何が幸か不幸か、やはり最後の時まで分からないであろう。ただ一ついえることは、このかげろうの如く短く、朝露のようにはかない人生において、大いなるものの前にひざまずき、己が無力と無知をさとり、悠遠の生にめざめることのいかに大切で重要であることか。
夫人はそれをくり返し説きつづけた。
くり返していう。人々は皆そのうちに間違いなく死んでゆく。その時に生命の恒久性を固く信じて、大いなるものの願力に身をゆだねることこそ、人生最高の意義であり、価値であり、また人間として最大の幸福者となるのであると体験的に実証した表白が『無憂華』(九条武子著)一巻であるともいえるのではないか。
「人間は永遠の生命にめざめるためにこの世に生を亨けたのである」
この度の東日本大震災で私たちは、大自然を前に完全に無力でした。
そればかりか、信じた「科学」でさえも私たちに牙を剥いて襲い掛かりました。完全なる無力であることを思い知ったのです。
「諸行無常」「諸法無我」「一切皆苦」これが現実の姿でした。
これこそが人生の本当の姿なのです。人生の実相です。
それに気付いた私たちは『ただ念仏のみぞまこと』とみ仏の大いなる恩徳に対してひれ伏さずにはおられません。
川畑先生は、九条武子夫人が様々な悲運の中で辿り着かれた『永遠の命へのめざめ』を大きく讃仰されておられます。
十八年前の阪神・淡路大震災、そして東日本大震災を経験した私たちの心は、終わりの見えない悲しみや失望感の中で、そこから必死に這い上がろうともがき苦しんでいます。科学万能主義、経済至上主義。我々が信じて追い求めてきた理想が大きく揺らいでいます。
「生きる意味」「生きる目的」を真剣に省みる時です。東日本大震災は、私たちに生きることへの態度決定を迫っているのだと思います。
自我に縛られた『常・楽・我・浄』虚妄顛倒の姿。つまり、常に自己中心的にものを見て、真実の法に背き、因果を信ぜず自分の我欲煩悩に縛られていては、どこまでもかぎりない闇路を彷徨ってゆかねばなりません。
煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします
『歎異抄』
東昇博士は著書「力の限界‐自然科学と宗教‐」(法蔵館)の中で「私の生の総決算として、私についてはなれないもの、それは〝ただ念仏”だけです。」と書き残されています。つまり、これは死んでからの念仏ではなく「今現在説法」の躍動する本願力回向のお念仏に生かされることを意味します。生存の真の拠りどころを見いだすことによって、我が身の人生を荘厳していただけるのです。
今こそ信心決定して本当の生きる支え(宗教的信念)を自分のものとされることが急がれます。生死を越えて私たちを導くもの、それは如来回向のご信心より外ありません。
限りない生命につながるその道を親鸞聖人とともに歩ませていただく以外にはありません。縁ある限り、心の手に手をとり合いながら自信教人信の聞法精進の道を精進いたしたく存じます。最後までお目通しいただきましたことを感謝して、筆を置きます。ありがとうございました。
おおいなる ものの力に ひかれゆく
わが足あとの おぼつかなしや
九条武子夫人
追記
本稿は『見真』(筒井見真会・平成二十三年七月十六日発行)に投稿したものを一部修正して転載させていただきました。筒井見真会に感謝いたします。
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