親鸞聖人七五〇回大遠忌法要、本堂大修復落成慶讃法要並びに住職継職奉告法要を記念し、お話いただきました。
法林寺住職 市川良哉 先生
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本日は、親鸞聖人のご恩を偲んで七五〇回大遠忌法要、本堂の平成大修復落慶法要、住職継職の奉告法要、この三つのご法要がご門徒総代をはじめ皆さまのご懇念によりまして、盛大かつ厳粛にお勤めになられました。まことにおめでたく、西域哲英新住職、西域哲夫前住職、ご門徒の皆さまに心からお慶び申し上げます。おめでとうございます。
ご法義相続の道場として
はじめにお願いでございますが、新住職におかれては、ご当山の法灯を継いでどうか「自信教人信、難中転更難 大悲伝普化 真成報仏恩(自ら信じ、人に教えることは難しいなかに更に難しい。あまねく大悲を伝えて人を化益することが、まことに仏恩を報ずることである)」(『往生礼讃偈』)の道を歩んで下さるようお願いいたします。また、ご門徒の皆さまは新住職を守り立て、本堂は聞法の道場として、ご法義をご相続下さいますようお願いいたします。このご法要に際しまして、ご招待をたまわり、しばらくの間ご法縁をいただきますこと、大変光栄に存じます。前々から本日のご慶事を承っておりましたので、いろいろ思い返しておりました。前住職と私は五十年以上も前から、ご厚誼をいただいております。それもご老僧の時代からお互いに親子三代にわたり、ご法義の上で親しくしていただいているのであります。そもそも、この関係はいつから始まったかと申しますと、昭和のはじめ、畿内はいうまでもなく遠く四国に至るまで、尊い阿弥陀さまの教えを「信仰は体験に力あり」「本願他力の信仰こそは吾が信念である」と伝えて下さった故横田慶哉和上に、私どもの先々代や先代の住職が、そのご教化に遇わせていただいたことが発端であります。先々代のご老僧も私方の老僧も和上のご教化に遇わなかったら、永劫に浄土真実の教えに遇うことはなかったと、終生、師恩を慶んでおりました。私どもはその流れをくませていただきました。
満堂お念仏の声
横田和上のご教化は「何としても助けてやりたい、救ってやりたい」という阿弥陀さまのお慈悲のありったけを伝えて下さいました。その和上のお説教にはいつも満堂、お念仏の声が満ちていたと聞いております。当時のご門徒の皆さまは、和上の説法獅子吼に遇うていただいたと存じます。この西方寺にはそうした熱い法脈が流れているのであります。このことを皆さまにお話しをさせていただかねばと馳せ参じました。
和上は求めに応じられて『吾が信念』という法話集を著されました。ご当山にも所蔵されていると思います。和上の法話は理解しやすい文章で、きっと心に深く感じて下さると思います。私は老僧から聞いて耳に残る和上のお説教の一つに、子供心にもわかり易い、こんな例えがございました。

人生の大きな問題
当時、和上のお住まいの京都府下の綴喜郡上津屋の善照寺の境内に、朝から村の子供たちが遊びに来まして陣取り遊びをします。この遊びをご存知ですか。ジャンケンをしまして、パーで勝てばパーで、同様にグーやチョキでこう陣地を取っていくのですね。今ならテレビを見、ゲームをするのでしょうが、当時は面白い遊びでした。ときには喧嘩腰になって、陣取りに興じるのです。昼になるとご飯を食べに帰ります。しかし、大切な陣地を侵されてはいけません。すぐにやって来て、続行します。喧嘩までして「これは俺の陣地や」「宝物や」「財産や」と領した陣地も、日暮れ近く暗くなると、境内に陣地を残してわが家へと帰って行かねばなりません。人生もこれと同じです。財産も、学問も、名誉も愛する者も何もかも残して死んでいきます。
しかし、なかに帰れない子供が一人います。和上が「坊や、早うお帰り。お父さんもお母さんも待っておられる」と声をかけると、シクシク泣き出した。聞いてみると、今日は新しい服を着せてあげるから、汚してきては駄目よと母親に言われてきた。それが遊びに夢中になっている間に真っ黒に汚れてしまっている。親は夕ご飯を用意して、待ってくれているが、帰るに帰れないと悩み、泣いているというのです。私は小さいころから、こんな話を老院主がお同行にしているのをいくども聞いて育ちました。こうした和上のご法話が思い出されます。何のために生まれ、何のために生きて、何のためにどこへ死んでいくのか。人生の大きな問題です。私は、お念仏の教えを聞くために生まれてきて、お念仏に生きて、この世の縁が尽きたならば、阿弥陀さまの願いにはからわれて浄土に帰らせていただく。これが真宗門徒の生き方だと信じます。子供が親の待つ家に帰りたくても帰れないと大きく悩むというのは、自らの中に深く潜む死の不安、あるいは悪の問題に煩悶し、素直に親のもとに帰れない、お念仏の教えに素直に帰し得ないことを意味すると思います。死の不安・罪悪の問題は根本的には一つの問題に帰します。これを真宗の門徒は「後生の一大事」と捉えてきたのであります。「後生の一大事」こそ、大切な問題であります。
悪人が救われていく
親鸞聖人が七五〇年前、九十年の生涯を賭してお説きいただいたのは、まさに、罪障がいかに深いか、それを何としても救いたいと喚ばうていて下さる真実の親さまがおられる、そのことをお伝え下さったのであります。聖人の主著は『教行信証』であります。今日、本書は稀に見るすぐれた宗教哲学書であると位置づけられています。浄土真宗立教開宗の書ともいわれます。全体は漢文。聖人五十歳過ぎには一応完成され、七十歳半ばまで思索と推敲を重ねて完成されました。晩年の約十年間、八十歳半ば過ぎまでは平仮名交じりの文章や和讃、お手紙など多く書かれました。こうしたご著述に一貫しているのは「悪人が救われていく」という教えであります。
考えてみますと、悪人が救われるという教えはどこにもありません。これは大変な教えであります。時代・民族・国境を超えて伝播する世界の三大宗教は仏教、キリスト教、イスラム教です。聖書やコーランは「善いことをする・正しいことをする」ことを教えます。これは神の命令であり、神命背反は罪です。許されません。悪人は救われません。
仏教、その仏教の中でも阿弥陀さまの教えを親切にお説きいただいたのが親鸞聖人であります。浄土真実の教えなのであります。たとえば、「善人なほもつて往生をとぐ。いはんや悪人をや」という『歎異抄』の言葉はよく知られています。善人でさえも救われていく、だから、悪人が救われないはずはない、悪人をこそ救う、これが阿弥陀さまのお心であります。他人ならぬ、自らが悪人であると知られたとき、この浄土真実の教えを信ぜずにはおられないのであります。
今日は若い方々もお参り下さっています。幼少のころは悪に対して敏感であると思います。私は小さいころ朝晩、本堂にお参りしまして手を合わせ、阿弥陀さまのお顔を見上げます。自分が何か後ろめたい悪いことをした日はお顔を見るのが怖かった。仏さまはいつも同じお顔をしておられるのに、こっちに問題がある。子供心にそう思いました。あとで申しますが、『涅槃経』に「慚愧…慚は人に羞づ、愧は天に羞づ。これを慚愧と名づく。無慚愧は名づけて人とせず、名づけて畜生とす」とあります。人は年を重ねると、悪に対してだんだん鈍感になり、自己肯定や自己弁護にひたすら傾斜します。慚愧の心は出てまいりません。この経文では畜生に変わらないとされます。振り返りますと、頭のてっぺんから足のつま先に至るまで、何にもいいところはありません。
そんな私に、もし慚愧の心が芽生えるとするならば、その裏に真実からの働きかけがあります。自己と悪が一つになっている絶望的な自己に直面するとき、悪人が救われていくという阿弥陀さまが喚ばうていて下さる真実の声なき声は、私どもの心身に徹到せずにはおかないのであります。和上のご教化に遇われたお同行は、仏さまのそうした浄土真実の深いお慈悲に目覚められたのであります。親鸞聖人は先に申し上げた『教行信証』の中で、浄土真実の教えによって救われる人とはいかなる人であるかについて、『涅槃経』をご引用になって、救われ難い人間(難化の三機)として五逆と謗法と闡提の三種をあげられます。五逆とは父を殺す・母を殺す・聖者を殺す・仏身を傷つけ血を流す・教団を破壊する、五つの逆罪のこと。謗法とは大乗仏教を誹謗すること。闡提は断善根・信不具足の人を意味します。「この三種の人の病は重い。例えば治すことが出来ず必ず死ぬ病のとき、適切な看病と名医とよい薬があるのと同じで、これらの人は仏・菩薩にしたがい、すべてをさとりに至らせる尊い法を聞いて病が治り、無上菩提心を起こす」という経文を引用した後、悪人が救われていくという浄土真実・阿弥陀さまのお慈悲の尊いことを鮮明にされていきます。拝読いたしますたびに深い感銘を覚えます。その中から、阿闍世王帰仏の出来事を少しご紹介いたします。
負い目を抱く阿闍世王
古代インドにマガダ(摩伽陀)という国があって、首都は王舎城、王さまは頻婆娑羅王、そのお妃は韋提希夫人です。このお二人の間に生まれたのが阿闍世です。両親のもとで手厚く育てられたのですが、阿闍世は生きものを好んで殺すなど凶悪な性格をもち、心に激しい怒りや貪りを燃やします。現実にはいろいろな欲望にとらわれ、罪のない父王を殺し王となります。しかし、父を殺したという後悔の念に苛まれます。現代の言葉でいえば負い目を強く抱くのです。負い目というのは返さなければならない自己の責任です。その結果、全身にできものが出来て、それが悪臭を放ち、近寄れません。王となった阿闍世は「いまこの身に悪い報いを受けた。地獄に堕ちて苦しむのは遠いことではない」と思いつめます。母后は案じて薬を塗り手当をしますが、瘡は増えるばかりです。王は「この瘡は心から生じたもので、治せるという者がいても、治せる道理はない」と、思いつめます。
当時、インドでは六師外道といいまして、今も歴史に残る六人の自由思想家がいました。その弟子筋にあたる大臣たちが見舞いにやって来ます。
最初に、月称という大臣が来てたずねます。「王はなぜ、愁え悲しみ、お顔色がすぐれないのか。身を病んでいるのか、心を病んでいるのか」と。王は応えます。「非道にも無実の父を殺害した。かつて智者から五逆罪を犯した者は地獄をまぬがれないと聞いた。どうして身心を苦しまずにおられようか。わが身心を治す良医はいない」。大臣が言います。「愁え悲しむとどんどん愁え悲しみが増すばかり。眠りを好むとますます眠る。色を好み酒を好むのも同じ。地獄に行き見て来た上での話ではない。世間でいう智者が言っているだけだ。地獄は存在しない」と、道徳的否定論者のプーラーナ・カッサパのもとに足を運ぶよう勧めます。
次に、蔵徳という大臣がたずねます。「なぜ顔色悪く、口渇き、声弱弱しく、何を苦しむのか」。王は言います。「悪人の提婆達多に唆され、正しく国を治めていた父王を非道にも殺した。その報いとして無間地獄に堕ちると聞く。心に恐れを抱き苦しむのだ」と。大臣は「逆罪といっても罪ではない。何故と云うに、黒虫が母の腹を破って生まれるのと同じで、母の腹を破っても黒虫に罪はない。だから王が父王を殺しても罪はない」と、宿命論者マッカリ・ゴーサーラを訪ねるよう勧めます。「
三番目は実徳という大臣です。「どうして身に纏う飾りを投げ出し、髪を乱しているのか。心の苦しみなのか、身の苦しみなのか」。王は言います。「父は慈愛深く、実に罪のない王であった。私が生まれるとき、占い師が将来この子は父を殺すと予言したが、大事に育ててくれた。その父を殺すなら無間地獄に堕ちると聞く。苦しまないでいられようか」。大臣は「悩まれるな。人は過去になした行為の結果がまだ表れていない場合がある。先王の過去の行為が原因で、先王が死ぬのであれば、先王を殺して何の罪があろうか」と、懐疑論者サンジャヤ・べーラッティプッタの教えを聞くよう勧めます。
四番目に悉知義という大臣が見舞います。王は「罪のない先王を殺害した自分は遠からず地獄に堕ちる。わが罪を救う良医はない」と言います。大臣は「昔、羅摩という王が父を殺し王位を継いた。跋提大王・毘楼真王…がそうであり、地獄に堕ちた王はいない。今も毘瑠璃王・優陀邪王…がいるが誰ひとり愁え悩んでいない。この世の生は人間と畜生の存在しかない。その生死は因縁に拠らない。であるから、善・悪というものはない」と言い、唯物論者アジタ・ケーサカンパリンを推薦します。
五番目は吉徳という大臣が来て、地獄の意味を説明します。「地は大地の地、獄は破る意で、地獄を破っても罪の報いはない。また、地は人間、獄は神々を意味し、父を殺せば人間や神々の世界に生まれる。また、地は命に名づけ、獄は長い意で、生き物を殺せば長い寿命を得る、地獄は存在しない。そもそも殺害ということは成り立たない。というのは不滅の我があるなら殺すことは出来ないし、不滅の我がないなら殺されることもないから」と。こうして殺害ということは成り立たない。だから、その罪はないと述べ、無因論的感覚論者パクダ・カッチャーナを訪ねよと勧めます。
六師外道の流れをひく最後の六番目は無所畏という大臣が来て、ジャイナ教の祖ニガンタ・ナータプッタは立派な指導者であると言います。
そのとき、仏教信者として釈尊に篤く帰依し、名医でもあった耆婆という大臣が来て、「安らかに眠れていますか」と尋ねます。王は答えます。私の病は重い。正しい父王を殺害した。いかなる名医も薬、呪術、看病も病を治すことは出来ない。魚が陸にいるのと同じだ。智者が身・口・意の三業が清浄でないなら地獄に堕ちるといった。眠れない。病を治す薬となる教えを説くすぐれた医者はいない」。耆婆が言います。「よいことを言われた。王は罪を造ったが、心に深く罪を恥じる慚愧の心を抱いている。諸仏は二つの白法(善い法)があって、よく衆生を救うと言われる。二つとは慚と愧。慚は自ら罪を造らず、愧は人に罪を造らせないこと。また、慚は人に恥じ、愧は天に恥じること。無慚愧は人とは言わず、畜生である。王には慚愧がある。カピラ城に仏世尊という王の病を治す大良医がおられる」。
宗教的精神への飛躍
ここで、慚愧は単なる後悔ではありません。人間的な感情としての後悔から慚愧への深まりには宗教的精神への飛躍があると思います。その裏には超越的な真実からの働きかけがあります。聖人は後年、自らを無慚無愧、真実心がないと、こう悲嘆述懐された和讃があります。
無慚無愧のこの身にて
まことのこころはなけれども
弥陀の回向の御名なれば
功徳は十方にみちたまふ
(『正像末和讃』)
(人に恥じる心もなく、天に恥じる心もないわが身であり、真実の心なくあさましいけれども、如来の真実心から回向される名号であるから、その功徳はわが身に満ちるのみならず、十方に満ちたまう。)
人に恥じる心も、天に恥じる心もない私が慚愧するというのは、仏の大悲のはたらきかけが働いている、すなわち、如来の真実心から回向される名号のはたらきがあるとうたわれました。宗教的心情への深まりには、超越的彼方からの如来の真実心のはたらきかけがあります。それが他力回向の名号であります。
もとの『涅槃経』に戻します。その時、空中から声が聞えます。「一つの逆罪を犯せば、その報いをうける。二つの逆罪を犯すと、二倍の報いをうける。王の悪業は必ず報いをうける。速やかに仏のもとに行け。仏以外に誰も救うことは出来ない。汝を哀れむ故に勧める。」これを聞いた王は恐れを抱き、全身戦慄、そして聞きます。「すがた見えず、声だけするのは誰か。」「我は汝の父頻婆娑羅だ。耆婆の言葉に従え。誤った六大臣の言葉に従ってはならない。」王は悶絶します。
仏は王のために月愛三昧に入り、光明を放ちます。月光に青蓮華の花を咲かせる働きがあるように、清らかな光明は全身のできものをたちまち癒します。王は仏のもとへ行く途中、耆婆から聞きます。王は心身を治すよい医者はいないと言ったので、仏はまず身を治された。あと心を救われるのだ、と。さらに、ある人に七人の子がいたとする。中で一人の子が病むと、親の心は平等であるが、特に病む子に心をかける。如来もその通り、罪ある者に偏に心をかける、と。王は耆婆に言います。得道の人は地獄に堕ちないと聞く。仏のみもとに参るまで、私を堕ちないよう抱いてくれ、と。
「無根の信」生ずる
聖人は仏が阿闍世王に説法される部分を長く引用なさいます。ここでは簡潔に要約します。王は罪のない父王を殺害したから、必ず地獄に堕ちると思い込んでいます。この王の罪に対する思い(執着)をめぐって、比喩が用いられ、中には詭弁を弄してまでも、罪とその報いについての人間的自力的な強い執着心を取り除く仏の大悲心のはたらきとしての説法が展開します。そうした説法はすべての事物は固定的な実体をもたないという大乗仏教の「空」の立場からなされていて、王はその教えを真剣に聞信したのであります。
阿闍世王は仏に申します。
世尊、われ世間を見るに、伊蘭子より伊蘭樹を生ず、伊蘭より栴檀樹を生ずるをば見ず。われいまはじめて伊蘭子より栴檀樹を生ずるを見る。伊蘭子はわが身これなり。栴檀樹はすなはちこれわが心、無根の信なり。無根とは、われはじめて如来を恭敬せんことを知らず、法・僧を信ぜず、これを無根と名づく。世尊、われもし如来世尊に遇はずは、まさに無量阿僧祇劫において、大地獄にありて無量の苦を受くべし。
われいま仏を見たてまつる。ここをもつて仏の得たまふところの功徳を見たてまつり、衆生の煩悩悪心を破壊せしむ。
(世尊、世間には伊蘭の種から伊蘭の樹が生える。伊蘭の種から栴檀の樹の生じるのは見たことがない。今わたしは伊蘭の種から栴檀の樹が生ずるのを見た。伊蘭の種とはわたしのこと、栴檀の樹はわたしの心に起った無根の信である。無根とは、わたしは今まで如来をあつく敬うことを知らず、教法や僧団を信じることもなかった。だから、信心の根となるものは全くない。これを無根という。世尊よ、わたしは若し如来世尊にお遇いすることがなかったら、永いながい間にわたり大地獄に堕ちて、かぎりない苦しみを受けねばならなかった。わたしは今、仏を見たてまつった。仏が得られた功徳を見たてまつって、衆生の煩悩悪心を絶ち破りたい。)
ここで、伊蘭の樹はインドでは紅く美しい花を咲かせるが、すごい悪臭を放つといわれ、人から嫌悪されます。これは人間の煩悩を意味しています。栴檀の樹は芳香を放ち、薬にもなります。無根の信とはこの煩悩心から生じた信ではありません。如来を敬う心も、教法を信じることも、それを伝道する僧団を信じることもなかった。だから、信心の根となるものは何一つない。そうであるのに、信心が生じたのです。「仏を見たてまつる」とは無根の信心に目覚めることであります。聖人はこれを他力回向の信心を意味しているとされたのは明らかであります。阿闍世王の心を根底から覆すような仕方で、それほど大きな転換の出来事が起こったのであります。他力回向の信心に目覚めるということは、存在の全体をあげた、こうした宗教的転換の事実を意味するのであります。信を得るという大きな転換を成し遂げた王に、釈尊が仰せになります。
大王、善いかな善いかな、われいまなんじかならずよく衆生の悪心を破壊することを知れり。
(王よ、よいよい。わたしはいま、あなたが必ず衆生の悪い心を破ることを知っている。)
信を得た阿闍世王が、こう釈尊に申し上げます。
世尊、もしわれあきらかによく衆生のもろもろの悪心を破壊せば、われつねに阿鼻地獄にありて、無量劫のうちにもろもろの衆生のために苦悩を受けしむとも、もつて苦とせず。
(世尊、もしわたしが明らかに衆生のいろいろな悪い心を破ることが出来るならば、つねに阿鼻地獄にあって、計り知れない永い間にわたり、あらゆる人々のために苦悩を受けることになっても、それを苦しみとはいたしません。)
この王の言葉には深い意味があると思います。阿鼻地獄は五逆罪や謗法など重罪を犯した者が堕ちる無間地獄のことです。あらゆる衆生のために、その地獄に堕ちて苦しみを受けても、苦しみとしないという王の信心は願作仏心(仏になろうと願う心)であり、そのまま度衆生心(衆生を救済しようとする心)と一つになっています。このことが注意されます。ついで、そのことが具体的にあらわれることを意味されて、その時に「摩伽陀国の無量の人民、ことごとく阿耨多羅三貘三菩提心を発しき。かくのごときらの無量の人民、大心(無上菩提心)を発するをもつてのゆゑに、阿闍世王所有の重罪すなはち微薄なるを得しむ。王および夫人、後宮采女ことごとくみな同じく阿耨多羅三貘三菩提心を発しき」という経文が引用されています。
浄土の大菩提心
聖人はまことの信を獲た王の願作仏心はそのまま度衆生心であると読み取っておられ、こうした理解はきわめて独自であると思います。このことについて、願作仏心は度衆生心であり、度衆生心は阿弥陀如来からの回向によるのであり、その如来他力の回向に帰入して願作仏心をうる人は衆生を利益すること限りがないと、次のように和讃を詠んでおられます。
浄土の大菩提心は
願作仏心をすすめしむ
すなはち願作仏心を
度衆生心と名づけたり
(『正像末和讃』以下同じ)
(浄土真実の大菩提心は、自らに仏になろうと願う心を勧められる。この仏になろうと願う心を、そのまま衆生を救おうと思う心という。)
度衆生心といふことは
弥陀智願の回向なり
回向の信楽うるひとは
大般涅槃をさとるなり
(衆生を救おうと思う心というのは、弥陀の智願からの回向である。この回向の信心をうる人は仏のさとりを悟る。)
如来の回向に帰入して
願作仏心をうるひとは
自力の回向をすてはてて
利益有情はきはもなし
(如来の回向に帰入して仏になろうと願う信心をうる人は、自力の回向を捨てきって、衆生を利益すること限りがない。)
これらの和讃について若干の補足をしますと、聖人は一首目にある「大菩提心」に「よろづの衆生を仏になさんと思ふ心なり」と左訓され、同様に「願作仏心をすすめしむ」には「他力の菩提心なり。極楽に生れて仏にならんと願へとすすめたまへるこころなり」、「願作仏心」には「弥陀の悲願をふかく信じて仏にならんとねがふこころを菩提心とまうすなり」、「度衆生心」には「よろづの有情を仏になさんとおもふこころなりとしるべし」と左訓されています。二首目の「回向の信楽」には「弥陀の願力をふたごころなく信ずるをいふなり」、「大般涅槃」には「弥陀如来とひとしくさとりを得るをまうすなり」と左訓されます。三首目の「如来の回向」には「弥陀の本願をわれらに与へたまひたるを回向とまうすなり」、「願作仏心」に「浄土の大菩提心なり」と左訓されています。こうした和讃から、願作仏心も度衆生心もすべて如来他力の回向によるとされたのが明らかであります。聖人ご引用の経文に戻します。そのとき、阿闍世王は耆婆にいいます。
耆婆、われいまいまだ死せずしてすでに天身を得たり。命短きを捨てて長命を得、無常の身を捨てて常身を得たり。もろもろの衆生をして阿耨多羅三藐三菩提心を発せしむ。
(耆婆よ、わたしは今死なない先に、すでに清らかな身となった。短いいのちを捨てて長いいのちを得、無常の身を捨てて常住の身を得た。もろもろの衆生をして無上菩提心を起こさしめることとなった。)
上に、「いま、すでに天身を得たり」、「長命を得」「常身を得たり」という如く、この全体は「現生正定聚、住不退転」ということであり、蓮如上人がご文章の「聖人一流章」でいわれた「一念発起入正定之聚(一念発起すれば正定の聚に入る)」ということであります。
親鸞聖人が引用された阿闍世王帰仏の出来事を単なる物語として理解するとしたならば、殆ど意味はないと思います。物語ではなく、逆悪の阿闍世は現実の偽らぬ私のすがたではないでしょうか。その阿闍世が他力回向の無根の信に目覚めるというのは、罪悪生死の凡夫、虚仮諂偽・清浄真実心のないこの私に、如来のかぎりない慈悲の働きかけがあり、タノム一念、大悲招喚のおよびごえのあることに目覚めることです。ここのところを耳に聞いて、心のどん底にお気づきいただきたいのであります。
大悲招喚の勅命
時代が大きく変わり、いかに長寿社会になっても人は百パーセント死んでいかねばなりません。人は孤独です。どんなに科学や医学が進歩しても、学問は死の不安にさらされる孤独な人間の心の問題を解決することは出来ません。お金も名誉、財産も同様です。仏世尊の教えの通り、人間の最大の苦しみは老いて、病んで、死んでいくことです。これは外面的には人間の肉体にかかわる現象でありますが、そのことを通して、人は内面的根本的に心を病むのであります。阿闍世は心を深く病んだのであります。人は死の不安にさらされています。内に深く心を病まずにはおれません。この不安は深まることはあっても終息することはありません。はじめに申し上げたように後生は一大事です。
名号・南無阿弥陀仏は後生の一大事に悩む私に泣くな、案ずるな、助けること間違いないぞよとよんでいて下さる大悲招喚の勅命です。まこと名号はタノメ・タスクルと声なき声で、私を喚びたまう阿弥陀さまのよびごえです。その如来の大悲は迷える者をこそ救わずにはおかないのであります。
まことに往生せんとおもはば、衆生こそ願をもおこし行をもはげむべきに、願行は菩薩のところにはげみて、感果は(果報を感得すること)われらがところに成ず。世間・出世の因果のことわりに超異せり。和尚(善導)はこれを「別異の弘願(一般の因果の道理に超えすぐれた他力救済の本願)」とほめたまへり。衆生にかわりて願行を成ずること、常没(つねに迷いの世界に沈んでいる)の衆生をさきとして善人におよぶまで、一衆生のうえにもおよばざるところあらば、大悲満足すべからず。
『安心決定鈔』
後生の一大事に悩む人がひとたび摂取の光明に遇い難くして遇わせていただき、信心獲得するとき、「住正定聚」の身にならせていただくのであります。聖人はそのことを、
真実信心の行人は、摂取不捨のゆゑに正定聚の位に住す。このゆゑに臨終(臨終の時に初めて浄土往生が決定するという臨終の意味)まつことなし、来迎たのむことなし。信心の定まるとき往生また定まるなり。来迎の儀則(臨終のときの聖衆来迎の儀式)をまたず。
(『親鸞聖人御消息』)

と仰せになっています。真宗門徒の生き方はここに極まるのであり、まことに有難いことであります。私どもの先々代の住職が幸いにして横田和上に導かれて、この尊いみ教えに遇わせていただいたことが機縁となって、私たちもご法縁に恵まれました。本日は、この慶事に参上いたしまして、その一端をお話申し上げました。有難うございました。
合掌
市川良哉(いちかわよしや)師…法林寺住職・奈良大学理事長・奈良大学名誉教授。
※本稿は記念法話に加筆をして、文章化されていることを付記いたします。
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